東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12130号 判決 1969年9月12日
原告 東光証券株式会社
右代表者代表取締役 唐沢繁雄
右訴訟代理人弁護士 渡辺邦之
被告 上田米弘
<ほか二名>
右被告三名訴訟代理人弁護士 安達十郎
弁護士 小林幹治
主文
一、被告上田米弘は原告に対し金七、二六五、七八一円およびこれに対する昭和四二年一一月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、被告上田末彦、同中静昭平は被告上田米弘と連帯して原告に対し前項の金員のうち金一、八六三、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年一一月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三、原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は被告等の負担とする。
五、この判決は、原告において各被告に対し夫々金五〇万円の担保を供するときは、その勝訴部分に限り、その被告に対し仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、被告らは原告に対し連帯して金七、三八五、七八一円およびこれに対する昭和四二年一一月二六日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
一、被告上田米弘は、昭和四〇年九月一〇日原告会社に雇傭せられ、本店営業部員として顧客から委託を受けて有価証券の売買の取次をする職務に従事していた者であり、被告上田末彦、同中静昭平は、右同日原告に対し、被告上田米弘が故意、過失又は懈怠によって原告に損害をおよぼした場合は共に連帯して損害賠償の責に任ずることを約する身元保証契約をした。
二、被告上田米弘は、昭和四二年三月一五日原告会社小園江利男営業部長に対し、顧客から買付委託があったから顧客に渡すと申し向けその旨誤信させ、その場で原告会社受渡部長新井千代志から別紙目録記載の、銘柄の株式、株数の株券の交付をうけ、右同日頃業務上保管中の右株券を他に処分交付し、その売得金を自己の用に供した。
三、右株式の昭和四二年三月一五日における交換価額の合計額は、別紙目録記載の通り金七、四八三、〇〇〇円であり、不法行為による物の滅失毀損に対する現実の損害賠償額は滅失毀損当時の交換価額によって定められるので、損害賠償額は金七、四八三、〇〇〇円であるが、右金額より金九七、二一九円を控除した金七、三八五、七八一円を損害賠償請求額とする。控除の内訳は左のとおりである。
(一) 金六二、〇〇一円(被告上田米弘が日本船舶株券三、〇〇〇株にて原告に返済済)
(二) 金一八、二一八円(被告上田米弘に対する未払給料と同額にて、原告損害賠償債権と相殺済)
(三) 金一七、〇〇〇円(被告上田末彦からの預り金と同額にて原告損害賠償債権と相殺済)
四、よって原告は被告ら各々に対し趣旨記載のとおりの損害賠償金及びこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日である昭和四二年一一月二六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ
五、被告らの抗弁に対して、第二項(一)の事実中、被告米弘が集金した金を当日に持参しなかったことは認めるがその余の事実を否認。被告米弘が、訴外岸に「手振り」によって損害を与えたこと、金使いが非常にあらいことは本件発生後に知ったのである。同項(二)、(三)の事実は否認。同項(四)の事実中、被告両名が、新聞に発表する申入れのあったこと、原告が、内密に捜査をしたいと申向けたことは認めるがその余の事実は否認する。第三項の事実中被告中静が花瓶三本を持参したことは認めるが時価は不知。その余の事実は否認すると述べ
立証≪省略≫
被告ら訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁及び抗弁として、
一、請求原因第一項、同第二項の事実は認める。請求原因第三項中、株価は認め、被告上田末彦の預り金一七、〇〇〇円の相殺は認めるが、原告の請求金額を認めるものではない。請求原因第四項は争うと述べ
二、次のような各事情を総合すると、被告上田末彦、同中静昭平には、本件身元保証に基き原告に対し負担すべき責任はなく、原告の本訴請求は失当である。
(一) 原告は、本件発生以前に被用者たる被告上田米弘につき同人が集金した一〇〇万円程の金員を当日に持参せず、又訴外岸信和に対し「手振り」によって二〇〇万円位損害を与えている事実等を知り、且つ被告上田米弘の金使いが非常に荒く、一介のサラリーマンとして到底不可能な一流バー等にしか出入りしない事実を熟知しており、かかる同人の行跡が被告上田末彦、同中静昭平に多大の損害を与えるおそれのあるものであることを知りながら両名に通知せず両名をして身元保証契約を解除する機会を失わせたものである。原告会社は証券会社でありその営業課に勤務する被用者被告上田米弘は常に多額の金員、株券を扱うものであって、かかる身元保証人は、一旦その責任が具体化されるや、極めて多額となる危険性強く、従ってかかる身元保証人はすべからく被用者の行跡の通知を受け、身元保証契約解除の機会を与えられることは、他の業種の被用者に対する身元保証人以上に確保されねばならぬことである。然るに原告は前述の如き被用者被告米弘の行跡を知りながら身元保証人被告末彦、同中静に通知しないばかりか、逆に被用者は元気に働いている、尚一層の活躍を期待しているという通知を出しているのである。
(二) 前述の如く原告は被告米弘につき多額の金員を扱わせるには危険があることを知り且つ本件についても同人が大量に株を買い込むことに強い疑惑を持っていたのである。かかる場合使用者としては、当然金員の受渡しについては、上司が立会うか、少なくとも他の社員を同行さすべきであるにも拘らず、被告米弘のみに行わせたことは、未然に防ぎ得た本件を容易に発生せしめてしまった一因と考えられる。従って本件発生には原告において被告米弘の監督につき重大な過失がある。
(三) 被告末彦、同中静が身元保証をなすにいたった事情は次の通りである。即ち、原告は実質的には被告米弘の採用を決定したのであるが、原告会社が慣例として社員採用に当って身元保証人を立てることになっていた関係上、形式的に父である被告末彦、妻の兄である中静が身元保証人として署名したに過ぎない。従って被告末彦、同中静両名は、本件発生まで原告との面識なく、被告米弘から懇請されたので、自分達が保証責任を追及されるような事態は恐らく決して発生することがあるまいと予期し、例文化されている印刷物の書面に軽卒に署名したのである。被告中静にいたっては電話で依頼されたに過ぎない。
又両名にとってはそこに何らの利益の介在する余地なく、被告米弘の原告会社への入社に当って身元保証人をたてることになっているとの必要性から、もっぱら情義的動機により身元保証人となったのである。
(四) 原告は本件被害を最少限に止めんとする被告末彦、同中静の努力を拒絶した。即ち、被告両名は、本件発生を知るやそれぞれ原告と面談し、被害を最少限に止めるために、肉親である被告米弘の犯罪を広く世に知らしめることは情に於いて忍びないとはいえ、敢えて原告に対し被告米弘の写真を持参し、新聞紙上に発表すること、警察へ届けてもらいたい旨申入れたのであるが、原告は「会社の名は八〇〇万円程の金にかえられない。世間に出すことはできない」等と称し、内密に捜査をするから被告両名から届けるのを待つよう申向けたのである。かかる事情のもとに、被告米弘は本件犯行の五一日後に中央警察署に出頭し、その時は金員はすべて失われてしまったのである。
三、仮に右の主張が理由なくとも、被告中静は、被告末彦と同様原告に対する身元保証責任の有無、その額等未定ではあったが、取あえず時価四万円相当の花瓶を昭和四二年四月三日に三本、同年同月一三日及び一八日に各一本計五本を原告方に持参し提供し賠償額二〇万円相当について代物弁済をした。
立証≪省略≫
理由
一、請求原因第一、第二項の事実については当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫を綜合すると、
被告上田米弘が他に処分して費消した前示株券の昭和四二年三月一五日における交換価格(株価については当事者間に争いはない)の合計額は金七、四八三、〇〇〇円であること、したがって被告上田米弘の前示不法行為により原告は金七、四八三、〇〇〇円の損害を蒙ったことが認められる。
原告は右のうち金六二、〇〇一円に相当する株券の返還をうけたことを自認するので結局原告のうけた損害は金七、四二〇、九九九円となるわけである。
三、そこで被告末彦、同中静の、本件身元保証契約上の責任はないとの抗弁について判断する。
(一) ≪証拠省略≫を綜合すると、次のような事実が認められる。
被告米弘は勤務成績悪く上中下に分ければ下の上といった部類に属すること。入社以来本件発生までの間にも顧客から集金した金員を会社へ納めることが遅れ上司より注意をうけていたことが少なくとも数回はあったこと。特に本件発生の約半年位前顧客から集金した一〇〇万円位の金員を当日会社に納めるべきものを持参せず翌日になって納めたことがあり、そのときは会社の上司達が午後一一時頃まで待つなど大騒ぎしたことがあること(この点については当事者間に争いない)、このときも会社の上司から注意をうけていたこと。被告米弘の会社からの収入は、固定給が月四万五千円、ボーナス年間約三ヶ月位しかなかったにも拘らずそれには不相当な銀座や赤坂のバーなどへ出入りするなど金使いが荒く、小園江営業部長も被告米弘と共に右のバーに入ったこともあり、これらの被告米弘の行跡は知っていたはずであること。又、原告会社内では社員が「手振り」をやっていることは公然の秘密であり、社員が手振りをやっていることは推奨名柄を同じ名前を何回も使って売買していることによって会社側からも見当がつくものであること。そして被告米弘も「大野」「坂上」「山崎」等の架空名義を使って手振りを行っていたこと、そしてこれら架空名義は会社の未入金表にも記載されており、昭和四二年三月本件発生前にも残記されていたこと。このことについて秋山常務、小園江、新井、小川各部長、玉村課長からも早急に回収するよう注意をうけていたこと。
このような事情から原告会社は被告米弘が手振りをやっていることは知っていたこと。又、本件発生前、訴外岸信和に対し勝手に同人の名前を使って信用取引をなし、同人に対し二百万円位の損害を与えたこと。この事実は原告会社部長クラスでは本件発覚前には知ってはいなかったが被告米弘の直接の上司の玉村課長は本件発生の一ヶ月位前からこの事実を知ったこと、この時同課長は、米弘を責めながらも結局二人で内密に善後策について話し合い、訴外岸信和に対し玉村課長より、三月一五日までに決着をつけるから会社の方へは内密にしておいてもらいたいと申入れ、玉村自身も会社の上司に対してはこの事実を報告しなかったこと。一方被告米弘が右の損害をとり返えすためには更に手振りをやる以外に方法がなく、結局本件のような不正行為を行う契機となってしまったこと等が認められる。
次に、本件発生の日は、約八百万円もの株券の受渡しと代金の授受をする仕事であり且つ客先を三軒も廻る必要もあったので、原告としては被告米弘以外に係長を同行させる予定であったが、早く来てくれという客からの電話での要請と被告米弘から信頼してくれとの言を信じ、会社の人手不足のためもあって、結局同行者をつけず被告米弘一人に運転士一人の会社関係の車をつけてやったことが認められる。
以上の認定事実によれば、本件において原告会社が被告米弘に委せた八〇〇万円相当の株券の受渡しその代金の集金等の職務はその取扱い金額、被告米弘の地位等からしても米弘一人に任せたことは軽率であり、ましてや、米弘の本件発生前の前示認定の諸行跡、即ち、勤務成績の不良、金使いの荒らさ、手振りをやっていること、集金の納入がしばし遅れていたこと、特に訴外岸に対して二〇〇万円もの損害をこうむらせていたこと(この事実は当該の被用者たる被告米弘を直接指揮監督すべき地位にある会社の被用者の一人である課長(玉村)が知っていた以上更に部長等が知らなかったとしてもそれは会社側内部の問題であって対外的には会社自身がこれを知っていたと取扱うべきものである)等の行跡を認識していたのであるから、たとえ客からいそぎの電話があったとしても、又会社に同行させるべき人手が不足していたとしても被告米弘の言を軽信し何らの同行者をつけさせず行かせたことは(もっとも原告会社では特に会社用の車一台と運転士一人をつけさせたというが、これは外からの事故を防止することに主なる意味があり米弘自身の不正行為を防止することには効果なく、本件においても運転士が客宅の前で米弘を待っていたが米弘は客の家の他の出口から逃走したものであることが認められる)原告会社の監督機構上の不備のあったこともさることながら、被告米弘をあまりにも軽率に過度の信頼をおきすぎたというべきであり、原告会社には被用者たる米弘を監督するに関して使用者として重大な過失があったと認めるべきである。
≪証拠判断省略≫
(二) 前示証拠を綜合するとなお次のような事実が認められる。被告末彦、同中静が身元保証をなすに至った事情について、被告米弘が原告会社に入社するに当って、身元保証人を立てることを事実上強要されたので、被告末彦は父として、被告中静は当時妹が将来結婚する相手の兄としての情実関係に基づく情義的動機によってやむを得ず被告米弘を通じて原告に対し甲第二号証身元保証書に署名捺印したこと、そこには何らの対価的利益を取得していないこと、他方原告会社の側に於いても身元保証契約締結の際には、身元保証人となるべき者の人物、資産、収入等を充分調査し損害発生の場合これを充分支払う能力ありやいなやを調査した結果、被告末彦、同中静を身元保証人として認めたというような事実は認められずむしろ身元保証をさまで重視せず、いわば単に形式的に身元保証二人制を採り、単に惰性的慣行として定型的な身元保証書を徴したものであること、そのことは、その後前示(一)で判示の如き被告米弘の諸行跡にも拘らず、営業部と人事関係の部との連絡が密ではなく、右のような諸行跡を身元保証人に通知することもなく、乙第二号証のような形式的事務的書面を送っていたこと、従って本身元保証契約締結に当っては、身元保証人側では本件のような事件が発生したときは巨額の責任を負担しなければならないにも拘らず滅多にそうゆう事態は発生しないであろうとの期待のもとに他方原告会社側では前示の如く単に形式を整えるためぐらいの程度で契約をし、本件のような事件が発生した場合これをすべて身元保証人からつぐなってもらえるとまで期待していなかったこと等が認められる。≪証拠判断省略≫
(三) 更に、前示証拠によると前示(一)で判示の被告米弘の諸行跡のうち、特に訴外岸信和に対して二〇〇万円もの損害を与えていた事実を使用者たる原告会社が覚知したとき(前示のように会社は覚知したと認められる)は身元保証法三条一号の事由にも該当し、原告会社は遅滞なくこれを被告末彦、同中静に通知しなければならない義務があるにも拘らずこれを怠り、右両名が身元保証人として当然なしえたであろう解約の機会を失わせたことが認められる。
(四) また、前示証拠によると、被告末彦、同中静は事件発生後できる限り早く被告米弘の行方を発見しその損害の発生額を少なく止めようとして原告会社に対して新聞紙上に発表して捜索すべく申し出たこと、そしてこれに対して原告がそれによって会社の信用を落すことに代えられないとしてこれを受け入れなかったことが認められる。しかし反面又右証拠によると原告会社のように特に対外的信用を重視する会社では社員の不正行為を公表することによって失なわれる信用を考えこれを差控えたこと、原告は本件発覚後直ちに警察に捜査願いを出し又会社の社員がこぞって米弘の行方を探した事実も認められるので、新聞紙上公表の申入れを受け入れなかったこと自体に、本件損害発生の拡大について原告側に過失があったと認めることは失当である。
以上(一)(二)(三)(四)で認定したような諸事情を考慮すると、被告末彦、同中静が身元保証上の責任は皆無であるとの抗弁は全面的には認めることはできず、右両被告の負担すべき責任は被告米弘が原告に与えた損害金七、四二〇、九九九円のうち金二、〇〇〇、〇〇〇円と定めることが相当であると判断する。
次に被告米弘が原告に対して与えた損害額金七、四二〇、九九九円であるところ、原告はそのうち一八、二一八円を減ずることは自認するところ故損害は七、四〇二、七八一円となり、かつ被告上田末彦よりの預り金一七、〇〇〇円と相殺(この事実は当事者間争いがない)しているので結局金七、三八五、七八一円の損害を与えたことになる。更に、≪証拠省略≫によると、被告中静は原告に対し一個四万円相当の花瓶三本を持参し身元保証債務のため、代物弁済として提供し金十二万円の支払に充てたことが認められる。被告らは四万円相当の花びん五本を交付したと主張するが前示のとおり三本についてはこれを認めうるもその余の事実はこれを認めるに足る証拠はない。
四、よって原告の本訴請求のうち、被告米弘に対しては、不法行為にもとづく損害賠償金として前認定の七、三八五、七八一円から前示一二万円を引いた金七、二六五、七八一円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四二年一一月二六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告末彦、同中静に対しては前示上田米弘の損害金のうち同人と連帯して身元保証契約にもとづく連帯保証金として負担すべき金額二、〇〇〇、〇〇〇円から末彦の支払分一七、〇〇〇円中静の支払分一二〇、〇〇〇円を差引いた金一、八六三、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の後日である昭和四二年一一月二六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条の規定を適用し、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 岡田辰雄)